本因坊秀策ゆかりの地へ

本因坊秀策ゆかりの地を巡ろう

江戸時代の囲碁棋士、
本因坊秀策(ほんいんぼう しゅうさく)は、

広島県の因島で生まれました。


「囲碁の神童」とも言われた秀策は
三原や竹原(広島県)でも碁の力を育みます。

その後、正式に本因坊の跡目を継いだ後は、
江戸で御城碁の大記録を打ち立てました。


では、“最強棋士”と呼ばれる本因坊秀策が育った因島は
当時、どんな所だったのでしょうか、
そしてどんな人達に囲まれて育ったのでしょう。

碁盤に向かうにあたって、秀策はどんな考えを抱いていたのでしょうか。


人格者でもある秀策の功績をたたえるように、
現在は記念館が建てられ、
お墓や秀策の碁盤など、誰でも見る事ができるようになっています。


そんな本因坊秀策のゆかりの土地を巡ることで
きっと“秀策の囲碁”の手掛かりを掴む事ができるはず。

本サイトでは、見学ができる本因坊秀策ゆかりの場所をまとめています。

秀策の座右の銘

 

対局する時に、本因坊秀策が座右の銘にしていた言葉があります。

 

それは、中国の王積薪(おうせきしん)のものと伝わる
『囲碁十訣』というものです。

 

 

「不得貪勝(貪って勝とうとしてはいけない)
 入界宜緩(敵の勢力圏では緩やかにすべし)
 攻彼顧我(攻める時には自分を顧みよ)
 棄子争先(石を捨てて先手を取れ)
 捨小就大(小を捨て大を取れ)
 逢危須棄(危険になれば捨てるべし)
 慎勿軽速(足早になりすぎるのは慎め)
 動須相応(敵の動きに応じるべし)
 彼強自保(敵が強ければ自らを安全にすべし)
 勢孤取和(孤立している時には穏やかにすべし)」
    (Wikipedia 囲碁十訣

 

 

ここには囲碁の心構えが書かれてあります。

 

秀策の棋譜を見るだけではなく、

 

こういった、秀策が大事にしていた言葉を知ることでも
“秀策の囲碁”に触れたような気になりませんか?

 

瀬戸内海の因島にある『本因坊秀策囲碁記念館』には、
この座右の銘を始め、

 

対局後の心構えが書かれた扇(秀策自筆扇)や
父母に宛てた手紙も保管されています。

 

サイト内、本因坊秀策囲碁記念館のページへ

 

 

 

大切な写真の保管、整理も

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